【結果】SOC 2023 No.1. 書く音、どう感じる?
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Sound One Challenge2023でご回答いただいた「書く音」のAudio Testの結果報告です!
短いダイジェスト版はこちらです。
●背景と目的
「生活の中の音」の候補として挙がったのが「書く音」でした。
年齢やバックグラウンドを問わず、誰しも体感したことのある音だと思います。
色々な音を集めて、それらがどのように評価されるのか、試してみることにしました。
●音の収録
「書く音」のデータは持っていなかったので、新しく収録をすることに。
引き出しや自宅を漁り、色々な筆記具を揃えました。
毎日使っているペンもあれば、久しぶりに触る懐かしいペンも…。
意外とバリエーションが揃いました。
この状況は、少し特殊です。
というのが、お客様の課題で実験をするときは、例えばボールペンであれば、
ボールペンや、それに近い種類のペンでバリエーションを揃えて、
音の微細な差を確認するなど、目的がはっきりしている場合が多いです。
でも今回は、そもそも、書く音って、どんな音があるんだろう?という視点からスタートしたので、
できるだけ差が出るように、かなり闇雲に、色々な筆記具を集めてみました。
たくさんの筆記具を携えて向かったのは、
小野測器 本社 ・ ソフトウェア開発センターの、比較的静かな「実習室」。
小野測器では音の収録に「無響室」を使うことが多いです。
部屋の響きがほぼ無く、外の音も入らないので、対象音そのものの収録に適しているからです。
一方で、専門的な設備なので、どこにでもある訳では無く、使用の際はある程度知識が必要です。
小野測器は横浜テクニカルセンターに音響の設備を持っていて、頻繁に使っていますが、
Sound Oneは音の評価をもっと手軽に、身近にすることを目標のひとつに掲げています。
そのため今回は、よりカジュアルなシーンをイメージして「実習室」で収録することにしました。
当初、今回のAudio Testでは騒音計の収録音を使う想定でしたが、
色々試したいメンバー。
欲張ってたくさんマイクを用意してしまいました。
(今まで、計測器ばかり使ってきたので、後に大混乱。)
もちろん、Sound OneのRecorder機能@スマートフォンでも
音の収録をしています。
マイクの設定などの準備には時間がかかりましたが、
録り始めると、あっという間でした。
この日は、他の音も収録したので、またの機会に、ご紹介します。
●Audio Test作成
■音源
どの音源も捨てがたかったですが、今回は、楽しさに重きを置くことに決めて、
聴いてみて音が似ているものを除き、8種類、選抜しました!
①HB鉛筆
②万年筆
③油性ボールペン
④水性マーカー
⑤水性ボールペン1
⑥筆ペン
⑦水性フェルトペン
⑧水性ボールペン2
これでも多い、と感じた方もいらっしゃるかも知れません。
ただ、結果の考察は、ある程度音源数があった方が情報が増えて面白くなるので、
ぎりぎりかな、と思いつつ、8種類に決めました。
■評価語
今回は音源を先に決めたので、8種類の音を改めて聴き直して、どんな印象を持つか、
どんな特徴を感じるか、言葉に書き出してみました。
例えば、私がはじめに考えたのは「しっかりした-かろやかな」「書きやすい-書きにくい」など。
実はこれは、音の専門家も行うプロセスです。
- 現製品の音が心地よいと評判なので、次の製品の音はもっと心地よくしたい!
- 耳障りな音がしてクレームが来ているので、なんとかしたい。
こういった課題に対して様々な評価(聴感実験や、音の解析)がなされますが、
まず「心地よい音って?」「耳障りな音ってどんな音?」という言葉の掘り下げを行うことがあります。
実験や解析の際に音の何処に着目するかを決める、大事なヒントになります。
…という経験を活かして、自分なりに色々と掘り下げた言葉で、Audio Testを作り、
次々とSound Oneメンバーに回答してもらいました。
自分の中ではしっくり来ていた評価語が、「分かりづらい」コメントの嵐だとちょっとへこみますが、
繰り返すこと5回、これなら回答していただけそう…という評価語が2つ、出来上がりました!
シャープな-ソフトな:高い音が目立つか、特に目立つ音は無いか?
ザラザラした-スムーズな:ザラザラ感、滑らかさ、引っ掛かりの有無が評価できるかも?
5回というと大変そうですが、Audio Testはシンプルな仕様なので、数時間で完了しました。
すぐに回答してくれたメンバーに感謝です。
■説明(教示文)
聴感実験では、いきなり音を聴かせるのではなく、
目的に応じて何かしら説明を行います。
今回は面白いAudio Testを作成する、というちょっと変わった発端で、
色々な書く音を評価いただくのが目的。
でも、音の違いをひたすら評価するTestにしてしまうと、
あまりにマニア向けになってしまうので、
後付けで、「STORY」というシチュエーションの説明を加えました。
[STORY]
あなたは近所の文房具屋さんで「毎日使うためのペン」を探しています。
適当に選んで試し書きをしてみると、
ペンによって、色々な音がすることに気づきました。
[Audio Testについて]
いくつかの「色々なペンで直線を書く音」が流れます。
それぞれの印象を2つの評価軸で回答してください。
今回は「主に文字を書くためのペン」を想定してください。(絵を描くためのペンではありません。)
意識したのは、連続して音を聴くシチュエーションの作成です。
実際は、書き味含め色々な要素を体験するシーンですが、
多くの方が、似た体験をされているかなと思い、選定してみました。
ちなみに、お気づきの方もいらっしゃるかも知れませんが、
実は「日常的に使うペン」に相当しそうな筆記具は、ほぼありませんでした!
●結果について
回答はこのようになりました。
HB鉛筆を例に挙げると、「ややスムーズ」で「ややシャープ」と評価した人が、
97名いたことが分かります。
最も回答が多かったマスが、濃い青色に塗られています。
回答数が多いので、グラデーション(緑色(回答数少)~赤色(回答数多))をつけて可視化します。
音源によって特徴が見られます。
例えば、特に目立つのは…
【万年筆】
どちらかというとザラザラ、シャープ。
ただし、真ん中の「やや」にあたる評価をしている方も一定数見受けられます。
【筆ペン】
大半の方が「スムーズ」と評価。
シャープ-ソフトは意見が分かれましたが、
回答数としては「かなりスムーズ」で「かなりソフト」と回答した方が
なんと149名もいらっしゃいました。
全ての音において、回答数の多い箇所、少ない箇所がそれぞれ見られ、
「書く音」という難しい評価でありながら、特徴が明らかになりました。
ペンは書くためのものなので、今まであまり音に注目したことが無い方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、私たちは普段、時には無意識にあらゆる感覚を使っていて、
製品の本来の機能以外の要素(ペンならばメインの機能である「書くこと」以外の、音や香りなど)が、
評価に影響する場合があることが分かっています。
もう一つ大切なこと、今回使った「スムーズ」「シャープ」「ザラザラ」「ソフト」は、
その音が好きかどうか、とは別の評価です。
皆さんが一番好きなのはどの音でしたか?
その好きな音も、実際にペンを使いながら聴いてみると、印象が変わるかも知れません。
ペンの書き味や見た目、重さなどと組み合わさったとき、どんな評価になるのか。
まだ分かっていないことがたくさんあります。
Sound Oneとしても音の側面から、さまざまなテーマに取り組んでいきたいです!
この後はいよいよ、2種類の評価語に関係する音の物理的な特徴(大小や高低)を探す工程に進みます。
●分析について
「結果」では回答そのものから特徴を読み取りましたが、
ここからは分析のために、代表的な値として「平均値」を使います。
平均値はこんな感じです。
ちょっと力わざですが平均値から各ペンの音の特徴をざっくり分類すると、
スムーズでソフトなのは筆ペンと水性フェルトペン、
どちらかというとスムーズで、シャープ寄りなのがHP鉛筆と水性マーカー、
どちらかというとザラザラしていて、シャープ・ソフトは意見が割れるのがその他のペンでした。
さて、物理的な特徴との関係性を見て行きましょう。
表をご覧ください。
Y軸に並んでいる数字は、音の高さを表します。
数字が大きいほど(下に行くほど)高い音です。
(kは、キロ:1000、です。)
評価語1、2の下に並んでいる数字は相関係数で、
各音の高さの音圧レベル(音の大きさ)と、
先ほど確認した回答の平均値との相関関係を示しています。
プラスマイナスの数字が大きいほど相関が高いです。
(最大の数字は1です。)
例えば、500Hzと評価語2との相関係数は0.96と大きく、
これは、500Hzの音圧レベルが、
- 大きいほど、ザラザラした
- 小さいほど、スムーズな
と評価されることを示しています。
つまり、相関係数が大きいと、
その高さの音の大きさが評価に影響する、と言えます。
この調子で、全貌を見てみます。
なかなか相関が出ない場合もあるのですが、
今回は面白そうな結果になりました。
- 評価語1
高い音、特に2k~5kくらいまでで、高い相関が出ています。
この辺りの音は、耳で聴いても「高い」と感じることが多い高さです。
高い音が大きいとシャープに、逆に小さいと、ソフトに感じる、という結果になりました。
- 評価語2
低い音、特に100~1kと、O.A.(オーバーオール、音の高さを限定しない音の大きさ)が、相関が高いです。
100Hzはそれなりに低い音なので、聞こえづらい場合もありますが、
ともかく相関係数から読み取れるのは、100~1kくらいまでの音、
あるいは音の大きさ自体が大きいとザラザラと、逆に小さいと、スムーズに感じる、という結果です。
ザラザラ、という言葉は、滑らかなイメージのスムーズに対して、引っ掛かりがあるなど、音として均一でないイメージから作りました。
引っ掛かりがあるために、音の大きさが大きくなった可能性もあります。
解析手法には様々なものがあり、ザラザラ自体を計算するようなパラメータもあるので、今後またチャレンジしてみます!
こういった考察をすると、“仮説”が作れます。
例えば「シャープな音のペンを作る」のが目的の場合、今回Audio Testに使った音の、2k~5k付近の音の大きさを変えてみる。
もし、2k~5k付近の音の大きさを大きめにしたときによりシャープな評価が増え、
小さめにしたときにソフトな評価が増えるようなら、
この仮説は、少なくとも今回使った音のバリエーションの中では正しいと言えます。
一般的には、こうした仮説に基づいて製品を改良したり、
音を評価するための指標(計算すれば、どのくらいシャープか分かる)を作成したりして、活用されていきます。
聴感実験を行って、仮説を立て、検証するという、とてもシンプルなプロセスですが、
従来は実験室で行う実験が主流で、なかなか気軽に出来ませんでした。
Sound OneのAudio Testはこのプロセスを身近にするべく出来上がったものです。
製品開発や、消費者向けの調査ばかりでなく、好みの音のアンケートにもおすすめです!
●コメントについて
多くの方に様々なコメントをいただきました。
カテゴリーごとにご紹介いたします。
まずは評価語に関するコメントです。
2つの評価語のうち、シャープな-ソフトなについては、評価が難しかったという声が多かったです。
一方で、明確に軸を決めて評価された方もいらっしゃいました。
また、今回使用した評価語に対して、別のご提案もいただきました。
今後も書く音についてAudio Testを実施する際、参考にさせていただきます。
続いて、評価方法に関するコメントです。
Audio Testは基準を設けず、各音に対して「絶対評価」を行う手法ですが、
評価が難しかったというコメントをいただきました。
全ての音を先に聴かせるなどの対応は、一般的な聴感実験においても実施する場合があります。
今後のアップデート時に参考にさせていただきます。
音量に関してもコメントをいただきました。
音の大きさの違いは評価に影響することが知られています。
純粋に音色の違いを評価するときは、音の大きさを揃えることもあるのですが、
今回は録ったままの音で評価いただきました。
音量を揃えると、また異なった結果になる可能性があります。
最後に、ご感想です。
この他にも多くのコメントをいただきました。ありがとうございます。
●おわりに
一般の方に回答いただくAudio Testを作るのははじめての経験で、
ご回答数が増えるのが毎日楽しみでした。
評価の難しさや、音を聴いて感じたことなどのご感想から、
研究や開発における聴感実験は、言ってみれば「想像を許さない」側面があると感じました。
これは、良い悪いでは無いのですが、人の感性の評価は当然のことながら非常に難しく、
もっと評価しやすい、より詳細に評価ができる手法が要るのかも知れない、と思っています。
Sound OneはいわゆるB to B を中心としたサービスとしてスタートしておりますが、
将来的には全ての人が、音や感性評価を通して生活を豊かにするため、あるいは楽しむために、
必要な時に使うことができる存在になることを目指しています。
お気づきの点や「こういったことに使いたい」といったご要望がございましたら、
個人の方、大人も子供も大歓迎です。
次回のイベントは今回の結果を受け、よりアップデートした内容でお届けします。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。